青年委員会活動報告

支部交流会2014 海匝支部報告

11月9日に開催された支部交流会海匝大会、夷隅支部からは7名の参加でした。

クルマ一台で各会員をピックアップして、市原鶴舞ICから圏央道に乗って一路、旭市へ。

最初に行われた全体会議では、ビデオ放映やスライドを交えながら、東日本大震災の当時の被災状況が報告され、実体験を伴う被災者の方々の生の声からは、当時の状況の悲惨さや苦労がまざまざと伝わってきて、改めて千葉県が被災県であったことを認識しました。

また、この教訓を生かす取り組みも紹介されました。写真は津波避難タワーです。

 

これは立体駐車場のような構造で、普段は施錠され、非常時には入口のドア(ケイカル板張り)を破って避難する仕組み。骨組みだけなので、津波の力はほとんど受けない。屋上には救命浮輪や電源設備があるとの事。田舎の沿岸部で、近くに高台やRC造の建物がないところには、こういうやり方もアリなんだなあと感心しました。

昼食は「炊き出し」で、ココでも被災時の状況を再現してくれる徹底ぶり。

午後は、Aコース、Bコース、二手に分かれて見学会。Aコースではちょっとしたハプニングがあったようですが、Bコースの私は予定通りのコースを楽しませて頂きました。

はじめに訪れた飯高檀林は、日本最古の大学跡で立正大学の前身に当たるとの事。門をくぐってから講堂に至るまでのアプローチに植えられている木々の大きさに圧倒され、慶長元年(1596年)からこの場所にあるという歴史の重さを感じました。また、シンプルな肘木や枡組、飛えん垂木等にも講堂らしさを感じました。資料によると、明治5年の学制の発布により同7年に廃壇となった当時のままの状態が保持されており、講堂・鐘楼・鼓楼・総門は昭和55年に国の重要文化財に指定され、壇林跡として境内全体が県指定史跡となっているそうです。

次は大原幽学記念館。

ここでは、大原幽学に関するビデオ上映の後、館内の資料の見学や、隣接する「旧林家住宅」「大原幽学遺跡(旧宅)」を見て回ることが出来ました。

興味深かったのは、大原幽学が農民を食っていけるように指導していたところ。農業協同組合のような組織として農民を自活出来るようにしたのは世界的にも最初のことらしい。そういう事で人気が出て人が集まってくるのは、今も昔も変わらないような気がしました。(最後は幕府に疑われてつぶされてしまったようですが・・)

 最後は飯岡灯台。あのアングルから外房方面を見ると、ちょっと方角が分からなくなるような不思議な感じでした。日の入りが見られるかも知れなかったのですが、残念ながら曇り空でした。

会場に戻ってからの懇親会では、地域の祭り囃子の披露や神輿を担がせてもらう余興もあり、地元の文化に触れされて頂きました。

「震災から復興へ」という重いテーマを掲げ、そこの所はしっかり訴えつつも、一方で支部交流会としての楽しい部分もあり、いい一日を過ごさせて頂きました。企画、運営に携わったスタッフの皆さん、どうもありがとうございました。

                 

夷隅支部 酒井 雅樹

 

関ブロ

上記説明

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